「おまえほんといい趣味してんなぁ」「そう?ありがと」「褒めてねぇよ、ばか」ぶつくさ文句を言いながらも、彼は床に座って跪くような体勢で、ベッドに腰掛ける私の足のつま先を次々と赤に染めていく。じわじわと部屋に充満していくマニキュア独特の匂い。「なんでもする、って言ったのは三井じゃん」「いや言ったけどよ、こんなお願いされるとは思わねぇだろさすがに」ちょっとだけ気恥ずかしそうに、気まずそうに、あまり私の方は見上げないようにしながら、私の足先に視線を意識的に集中するように、三井は黙々と塗っていく。ずっと三井が俯いたままなので、私からは彼のつむじしか見えない。「俺、器用な方じゃねぇから、綺麗にできなくても文句言うなよ」少し困ったように言う、几帳面な三井の声が響く。

今、このときだけは、三井を支配してるみたいで、独り占めしてるみたいで、気分がいい。そんなことを本人に言ったらさすがにドン引きされるだろうなぁ。三井のつむじを見ながら、私はこっそり口端を上げる。核心的なことをいつまで経っても言い出せない私には、この時間がもう少しだけ続けばいいのに、と悪あがきすることしかできない。「よし、終わりか…?」「あ、一回塗りじゃ発色薄いから、乾いたらもう一回重ねてね」「っ、まだあんのかよ…」嫌そうな三井の声を聞いて、罪悪感を感じながらも、私はこんな形でしかこの男を独り占めできないのだ。


「 ……おまえさぁ、他のヤツにもこういうことほいほい頼むわけ」
「  …、 さぁ、どうだろ」
「たいていの男は引くからやめとけ。っつか、俺くらいにしとけ」


少しだけ凪いだ声色に、念押しするような口調に、私の胸がざわめく。その発言が、幼馴染を心配する親心みたいなものなのか、友人としての忠告なのか、それともそれ以上の何かを意味しているのか、私に三井の気持ちを読み図ることはできない。だって三井はいつまでも俯いたままだから。こっち向いて、私を見て。そう簡単に口に出すことができれば楽なのに。


「 ……じゃあ、三井がまた塗ってくれる?」
「  ……べつに、いいけど、 ……今度はおまえ、スカートやめろよ」


次こういうことしたら、押し倒すからな。まじで。そう呟きながらも、彼はまだ私のつま先から目線を外さない。そんなのわざとに決まってるじゃん。三井なら、いいよ。だから、こっちを向いて、私を見てよ。そう簡単に口に出すことができれば楽なのに。何も言えないままの私は、三井のつむじをじっと見つめることしかできない。三井もまた、私を見上げることはせず、後はもう乾くのを待つだけの私の真っ赤なつま先を見下ろすことしかできない。沈黙とともに、マニキュアの匂いだけがこの空間に広がっている。次に言葉を発するのは、さて、どっちだ。
COLOR PALETTE #08 ○ | Hisashi Mitsui