
※サラリーマンパロディ
何か特別なきっかけがあったとかそういうわけじゃなかった。ただ偶然インターネットで見かけたそのクリスマスコフレがとても可愛くて私好みで、普段はあまり買わないようなピンク系の可愛らしいパレットを珍しく気になって手に入れてみた。後になって知ったのだがそれはどうやらモテコスメと評される商品らしく、ならばどうせ使うなら、いつも外回りばかりで不在がちな渋沢さんが事務所に一日居る予定の日にしちゃおうかな、なんて思ったのは確かで、そしてそんなメイクをするならせっかくだしパンツじゃなくてスカートにしてみようかな、なんてほんの気まぐれで思ったのは事実だ。だけどそんな些細な私の変化が、こんなにも波紋を呼ぶとは正直まったく思ってもみなかった。事務所の先輩や同期たちに口々に「今日なんかあるの?デート?コンパ?」と聞かれ、意外とみんな他人のことよく見てるんだなと驚くと同時に、せっかくのほんの少しの自分の気まぐれを早くも恨んだし、正直そんな周囲の反応に少し辟易した。生憎そんな予定はまったく無いのだから。
そして現実はというと、こういう日に限って仕事が立て込み、早く帰るどころかがっつり残業する羽目になって今に至る。心配そうに私を気遣いつつも先輩たちは皆帰ってしまい、広い事務所にぽつんと取り残されたところで「遅くまで頑張ってるな」と柔らかく落ち着いた声が降ってきて、予想外の展開に私は肩をびくつかせた。
「し、ぶさわさん、 お、つかれさまです」
「ああ、お疲れさま。今日はいつもより遅いけど、時間は大丈夫なのか?」
「 えっ、」
「今日は用事があったんだろう? ……悪い、聞き耳を立てたつもりは無かったんだが」
「いや、先輩たちの声けっこう大きかったですし、渋沢さんが謝ることじゃ、 っていうか、あれ誤解なので!もともと用事なんて無くて、ましてや、 」
デートなんて、そんな。ーー言いかけて、慌てて口を噤んだ。ばかなわたし、そんなことまでわざわざ渋沢さん相手に弁解しようとしなくていいのに。誤魔化すように俯く私の先ほどの言葉の続きを彼は察したのか否か、それはよくわからなかったけど、渋沢さんは少し口元を緩めてふわりと微笑んだ。その笑顔が思ったよりも柔らかく優しいものだったので、どきりと胸が痛いほどに大きく鳴る。
「仕事は片付きそうか?」
「はい、もう終わります」
「そうか、……もし良かったら、食事でも行かないか、今から」
「 えっ 、」
「 あぁ、そういえば飲み会とかあまり参加しないもんな、もちろん無理にとは言わないが」
「いっ、行きます、っていうか、行かせてください!」
思いがけない誘いに反射的に自分で思っていたよりも食い気味に被せてしまい、一瞬きょとんとしてから口に手を当てて、ふは、とこぼしたように楽しそうに笑う渋沢さんを見ながら、恥ずかしくて消えたくなった。だけどデートなのかと散々周囲に弄られ結局残業だったのに、まさかこんな嬉しい展開が待っていようとは。結果論だけどスカート履いてきて良かった。ありがとうスカート。ありがとうモテメイク。今朝の自分の気まぐれに自分で拍手を送りながら、浮ついた心で気がついたら無意識のうちに「なんだかデートみたいですね」と口にしてしまい、一拍遅れてから自分の発言にひやりと背筋が凍った。ちょっと待て、私は、いま、何を。
「ーー俺はもともとそのつもりで誘ったんだがな」
バレたか。なんて続けて、渋沢さんは目を細めてゆるりと口端を上げた。どんな反応が返されるのか怖くて真っ白になった頭が、渋沢さんの言葉で、さらに完全にフリーズする。そんなふうに固まっている私を見て、渋沢さんはまた楽しそうに、そしてほんの少し意地悪そうに笑って、「じゃあ行くか」と帰り支度を始めてしまった。展開が早すぎて頭が追いつかない。ありがとうスカート、ありがとうモテメイク、そんなふうに思える余裕ももう無い。とりあえずは私も帰り支度を進めて渋沢さんの後を追おう。ごちゃごちゃ考えるのは、その後だ。
COLOR PALETTE #22
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| Katsurou Shibusawa