きみの
a b o u t y o u r . . .
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頬を掠めていく風が濃密な冬の気配を纏い、その冷たさと共に凛とした空気を私に残す。かじかんできた手を顔の近くまで持ってきて、はぁ、と自らの息を吹きかけてやると、その吐息は白く色付きほのかな温かさを掌に伝えた。それから私は隣に並ぶ九条さんのことをちらりと盗み見る。しゃんと伸びた背筋。まっすぐに前を向く迷いの無いその眼差しが、私は好きだ。小さく上下する胸元のリズムに合わせて、その微かに開いた唇の隙間から、ふぅー、と静かに吐き出された彼の呼吸が淡く白く色付きながら、ゆっくり、だけど確実に空の上へと昇っていく。その様子を間近で観察しながら、私はそっと頬を緩ませる。 ああ、なんて 、
「どうした、プリンセス?」
「 えっ」
「さっきからこちらばかり見ているだろう。…俺の顔に何かついているか?」
九条さんは頭の上に疑問符を浮かべながら大真面目な顔をして私にそう尋ねる。ちょっとじろじろ見すぎちゃったかなと反省しつつも、彼を不安にさせないように「違いますよ」と私は微笑みながら、ぽつりぽつり、言葉を選ぶように少しずつ話し始める。……ほんとは他人に話すの、ちょっと恥ずかしいんだけど。
「九条さんのね、白い息を、見ていたんです」
「 …俺の、息を?」
「はい」
誰かが呼吸をするたびに、その息が白く染まって、ふわりと穏やかに空気に溶けていくその様子を見るのが、私は好きだ。それが大事なひとなら尚更。九条さんなら、もっと尚更。 隣にいる大切なひとが、生きてて、呼吸をしていて、あたたかいのだと、実感するのが好きなのだ。 ほっとして、 ――ああ、しあわせだな って。 …そう、思うんです。 そう告げると、九条さんは、 そうか、とだけぼそりと呟いて、俯いて顎に手を添え、何やら考え込んでしまった。
「そうか……そんなことは考えたこともなかったな」
気温が低いのだということしか今まで考えいてなかった。と俯いたまままるで独り言のようにぼそぼそと呟く九条さんに、私はどんどん不安になってくる。やっぱり言わなきゃよかったかもしれない。ちょっぴり落ち込みつつも、「変なことを言いましたね、ごめんなさい」と言うと、九条さんは私の言葉にはっと正気に戻ったように顔を上げ、私に向き直ってゆるゆると頭を振った。
「いや、謝罪するようなことではない。 それに…… なるほど。そのような考えもいいものだな」
「……そう、ですか?」
「あぁ。 教えてくれた君に感謝する。 ……ありがとう、 」
最後の一言は特に一音一音丁寧に私に届けるように、彼はまっすぐに私の瞳を見つめ、目を細めて柔らかく微笑んだ。ここでいきなり名前を呼ぶなんてずるい。ほのかに顔があつくなるのを感じながらも、彼の笑顔につられてこちらまで笑顔になる。すると彼は愛おしそうな目で私を見つめ、口端を上げニヤリと笑った。
「しかしプリンセス。もっと確実に互いの体温を感じられる方法があるとは思わないか?」
たがいのたいおんをかんじられるほうほう、? と脳内で漢字変換してるうちに、気がつけば私の手に九条さんの掌が重ねられていた。見上げれば九条さんが私を見てにっこりと微笑んでいるところで、 あぁそういうことか、と私は納得する。(…反射的に違うことを想像してしまったのは内緒で!)
「こうしていれば君の温かさがよく分かる」
そうして彼は私の手を握る力を少し強めて、立ち止まっていた歩みをまた進みだした。その手に導かれるように私も歩き始める。先程までかじかんでいた手に、じわりじわりと九条さんの体温が伝わって滲んでいく。その細くて長い指に、私より幾分が大きいその掌に、すごくほっとする。あたたかい。
不意に、隣で歩く九条さんが、ふ、と零したように目を細めて笑った。 その横顔を見上げながら「どうしたんですか?」と今度は私が尋ねる。すると九条さんは、 これから誰かが白い息を吐くのを見るたびに、俺は君のことを思い出すんだろうな。 そう言って空気を緩めるように優しく微笑んだ。 …そうなのかな。 そうだったら、いいな。 来年も、そのまたずっと先も、きっと。九条さんの凛とした横顔を想像した。白い息をゆっくりと吐いて、私の視線に気づいてこちらに振り返り、穏やかな笑顔を向けてくれるその姿を想像した。 ずっと一緒にいましょうね。口には出さずに心のなかでそっと呟いて、私は彼の手をぎゅっと強く握り返した。