ぼくちんのマイガールでありマイハニーでありマイディアである彼女は、分かりにくいけど分かりやすくて、分かりやすいけど分かりにくい。だけどそんなところが好きなのだと、いつだったか彼女に言ったことがあった。すると彼女は、弛みそうな口角を無理やり引きしめたみたいに変なふうに歪んだ唇で、髪の隙間から赤い耳を覗かせながら、れーじさん趣味悪い、と少し呆れたように笑うのだった。



そんなやり取りを不意に思い出しながら、読んでいた台本をぱたりを閉じて小さく息を吐く。これはもうすぐ撮影が始まるドラマの台本で、もう既に一通りは読み終えているものの役をどう演じるべきか少し迷っており、何度も何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返し自分のなかに落とし込むために寝る前のちょっとした時間に台本を読み返すのがここ最近の日課となりつつあった。閉じた台本をベッド脇の小さなテーブルに置き、寝返りを打って時計を確かめれば、いつの間にか日付が変わってからさらに数時間が経っていたようで、そんなにも熱中していたのかと我ながら驚く。道理で眠気が襲ってきている筈だ。さて。部屋をぐるりと見渡せば、ソファの上でクッションごと膝を抱えて身体を小さくする彼女が視界に入った。


チャン、そろそろ寝ない?」
「んー…、」


案の定返事とも取れない曖昧な声が返ってくる。ちなみにこの問いは本日2回目だ。1回目は先ほど閉じたこの台本を読み始める前で、そのときも「んー、もうちょっと、」と鈍い返事が届いたが、何やら携帯をぽちぽちと触っており画面に夢中なようだったので、僕も台本を読む作業を進めることにしたのだった。

まったく、時間が読めないから先に寝てていいからね、って言っておいたのに。何をそんなに夜更かしすることがあったのか。疑問に思って彼女を見やるが、もう携帯は手にしていないものの、いつもよりクッションを抱きしめる腕の力が強く、猫背気味に縮こまるその様子から、なんとなく想像がついた。彼女は分かりにくいけど分かりやすくて、分かりやすいけど分かりにくい。


「ねぇ、ちゃん」


ゆっくりと、少しだけ抑えめのトーンで、彼女の名を呼ぶ。
彼女はクッションに埋めていた顔を少し持ち上げ、ちらりと横目で僕を見た。


「ほら、おいで?」


そう言って両手を広げれば、ちゃんは一瞬躊躇うように視線を泳がせたあと、のそのそと緩慢な動きでソファから立ち上がり、僕が座るベッドの上へと移動してくる。あらら、珍しく素直。たいへんよろしい。だけど近付いてきたちゃんとの間にはまだ少し距離があり、小さく笑いながら手を伸ばして肩を抱き寄せその華奢な身体を腕のなかに閉じ込めれば、彼女は僕の胸元に軽く頭を押しつけ、気を緩めるように、ふう、と小さく息を吐いて目を細めた。その頭を穏やかに撫でながら、僕は少し想像してみる。彼女のことだ。きっといつもの怖いもの見たさでホラー関係の何かしらを目にして、読んでいるそのときは平気なものの読み終えてから時間差でじわじわとこわくなってきたに違いない。

小さな子供をあやすように少しだけ震えるその背中をぽんぽんっと撫でる。 「ぼくちんがいるからだいじょーぶ。ね?」 耳の近くでそう言い聞かせるように呟くと、安心したのか僕の服の裾を掴んでた力が少しだけ緩まった。そろそろ寝ようか。寝付くまで隣にいるから。そう提案すれば、ちゃんは小さく頷く。隣でもそもそと布団を口元近くまで引き上げるちゃんの頭を髪を梳くように撫でながら、きみのそういうところも好きだよ、と言葉にはせずに胸のなかでこっそり呟くと、「れーじさん何笑ってるんですか、」とちょっぴり呆れたような怪訝そうな声が返ってきた。


「ないしょ。」
「……へんなの」


人差し指を口元に当てながらそう言えば、ふーん、と興味があるのか無いのか分かりにくい返事をして、ちゃんはまた深く布団のなかへと潜っていく。布団越しに、ぽんぽん、と撫でながら、いつの間にか随分と静かになった隣をそっと盗み見れば、ちゃんが小さく寝息を立てていた。さっきまであんなにこわがってたのになぁ。思わず頬がほころぶ。

ほんとはね。いつもそうやってこわくなっちゃうんだから始めから見なきゃいいのに、ってちょっと思ってたりもする。だけど、そんなところもかわいいし、そんなちゃんを甘やかしてあげられるのはぼくちんだけだって、 分かりにくいけど分かりやすくて分かりやすいけど分かりにくいきみに寄り添うのは、僕だけの特権だって、そう思ってる。だから言ってはあげないよ。

こんな僕の狡い気持ちを知ったら、きみはがっかりするかな。れーじさんやっぱり趣味悪い、って笑ってくれるかもしれないね。でもすこしだけこわいから、もう少しだけ、ないしょにするよ。今はただ、君がどうか良い夢が見られるよう、隣でそっと祈るだけ。



夢喰いばくはを見るか

(131114 なおちゃんに捧ぐ)