「いつもより顔赤いのう、」
「におせんぱい、」
私の呼びかけに仁王先輩はにやりと口端を上げて応える。移動してきたばかりの先輩は机の上に散らばった飲み物や食べ物をぐるりと見渡した後、私の前に置いてあったほぼ丸々残ったままのビールのグラスに手を伸ばし、ひょいっとさらってまるで最初から自分の飲み物だったかのように飲み干した。その様子を呆気にとられるように見ていた私の視線に気付いたのか、ちら、とこっちを一瞥し、何事も無かったかのように飲み切った空のグラスを机に置いた。
「おっと、間違えたか。まぁ、お嬢ちゃんはこっちでも飲んどきんしゃい」
そう言って仁王先輩に代わりに差し出されたのは烏龍茶だった。はぁ、と煮え切れない返事をすると、そんな私の返答がお気に召したのか先輩は楽しそうにははっと肩を揺らして笑った。空間は喧噪に満ちていて、既に序盤に私の周囲に座っていた人たちも次々へ思い思いのテーブルへ移動していって、もう一人で飲んでいるといっても間違いじゃない状況だったので、私と先輩のやり取りに目をくれる物好きも居ない。仁王先輩は盛り上がっている他の集団から抜け出したかったのからわざわざ移動してきたのだろうか。それともこの喧噪のなかのひっそりとした秘密めいたおままごとを共有したかったのだろうか。
「……にお先輩は、お酒飲むの好きですか」
「ん? ま、嫌いでは無いぜよ」
「なんでですか?」
「……そうじゃなぁ、その方がいろいろと都合がええから、かもしれんの」
そう言って、仁王先輩は唇で弧を描いて私をじっと見据える。正面から視線と視線がぶつかって、内心は動揺しながらも目は離せないまま、私は、そうですか、とまた煮え切れない返事をする。先に目を逸らした方が負けなような気がした。視線が交わったまま、仁王先輩はそのビー玉みたいな瞳で私を見つめる。ついさっきまで、いや今も、大勢が会する空間にいた筈なのに、いつの間にか二人だけのゲームが始まっている。開始の合図はなんだったっけ、そう思いかけたところでぬるくなったビールを思い出して、頭を抱えたくなった。傍観者でいたかった筈なのに気がつけば私も当事者になっている。この食えない男のせいで。
「……私、酔っ払うっていう感覚よく分かんないんですけど、にお先輩、教えてくれますか」
目を合わせたまま精一杯の駆け引きのつもりでそう告げれば、仁王先輩はそこでようやく視線を外し、俯き気味に顔を伏せた。その様子に戸惑って少し身を乗り出して仁王先輩の顔を覗き込むと、先輩は伏せたままくつくつと喉の奥を鳴らし楽しそうに肩を揺らしていた。途端に顔に火が出るかと思うほど熱くなる。
「いやぁ、言うのう、。見直したぜよ」
「……そりゃドウモ…。……にお先輩、こういうのお嫌いですか」
「いんや、大歓迎じゃ」
よっぽどツボに入ったのかずっと笑い続けてた仁王先輩が、再び見上げるように私の目を捉えて口端を上げる。きっとアルコールのせいにしていろんなひとがこうやっていろんな駆け引きをするんだろう、と先輩を目を合わせながら考える。さっき先輩が言わんとしていたこともきっとそんなところだろう。私は生憎アルコールに弱い訳でも無いし理性が揺らぐほど我を失った経験も無いけれど、このおままごとみたいなやり取りを、おもちゃみたいな恋を、好奇心ながら私は少しずつ舐めてみる。それが例え烏龍茶そっくりな泡の抜けたビールみたいなものでも、それが仁王先輩と私を繋ぐものなら、私はそれに酔いしれてみたい。