、仁王が何処にいるか知らないか」


唐突に私の周囲の空間を破ってその声は降ってくる。思わず周囲をきょろきょろを見渡せば、目の前に立つその男は微かに眉間に皺を寄せた。「……柳くん、もしかしなくても私に話しかけてる?」とその訝しげな顔に恐る恐る問えば、「と呼んだだろう」と彼は淡々とした表情のままそう言った。そうか、彼がと発したように聞こえたのは幻聴ではなかったのか。


「仁王なら見てないよ」
「そうか。まったく、仕方のない奴だ」


呆れているというふうなその言葉とは裏腹に、その表情にも、口調にさえもその様子は垣間見えない。想定範囲内、とでもいうことなのだろうか。その横顔を眺めながら「柳くん、私の名前知ってたんだね。クラス違うのに」と投げかければ、「ああ」と一言だけが返ってきた。柳くんの一言は、素っ気ない、でも、味気ない、でもなく、それが彼にとっての必要最低限、というかんじがするから不思議だ。そしてきっとそんな彼にとっての必要最低限の用事を終えたのであろう柳くんは、ごく自然にこちらに背を向ける。  あぁ、せっかく柳くんが話しかけてくれたのに 、 その背中を見てふと浮かんだのはそんな考えで、 ちょっと待てせっかくってなんだ!と自分自身にツッコミを入れるより早く、「 柳くん、私も仁王捜すの手伝おうか?」と無意識のうちに彼を引きとめていた。

会話としてもなんら違和感のない筈の私の言葉だったのに、振り向いた柳くんはこちらが見落としてしまいそうなくらいほんの一瞬だけ、微妙な表情をした。私の無意識な衝動を見透かされたのかと思ってひやりとする。だけど柳くんが何を考えているのかその表情を読もうにも、彼の端正な顔はもうなんの感情も示していない。では先程の一瞬はなんだったのか、そう思いかけた瞬間、柳くんはゆっくりと口を開いた。


「すまない。仁王を捜しているというのは口実だ。あいつの居場所ならばとっくに察しは付いている」


柳くんの言葉の真意が分からず、 そうなんだ 、 と煮え切れない返事をすると、彼はそんな私を見て ふ と笑みを零した。ような気がした。


と話してみたかったんだ」


さらりとそう言い放って、柳くんは何事も無かったように私に背を向けて教室から出て行く。あっという間に視界から消える柳蓮二という男。まだ瞼の裏にその背中は焼き付いているけれど、私は先程のように彼を引きとめることはない。その代わりに小さく息を吐く。この気持ちの行き先は何処だ。


「……仁王、どうしよう」
「 なんじゃ 気付いとったんか。つまらん」


今の私の体勢からは死角であるその場所に、ちょこん、と身を潜めるように座っていた仁王は、気怠そうに ふわぁ、と欠伸をした。つまらんってなんだこのバカ、と思ったけど口には出さない。「どこから聞いてたの?」「仁王なら見てないよ、のあたりから」「……つまりほぼ最初からってことね」「そうとも言う」 殴ってやろうかとも思ったけど、あの柳くんとのやり取りの中心に仁王の名前があったので今更何も言えない。 あいつの居場所ならばとっくに察しは付いている、そう彼は告げたけど、ならばここに隠れていた仁王に気付いていて、それでもなおあんなことを言ったというのだろうか。 あんなこと、を。


「参謀に目を付けられたか。あれは手強い男ぜよ」


面白くなりそうじゃの、 銀髪の幼馴染は心底楽しそうに口の端を上げる。他人事だからって、とやっぱり殴ってやろうかと思いかけたが、それよりも私の脳内はあの黒髪の男がすっかりと占めてしまっていた。仁王は言い過ぎだと思うが、私が抱いているこの感情もただの杞憂なのだろうか、 じゃあ、そうじゃなかったら? あの背中を思わず引き止めてしまったときのように、 ちり、 と胸の端っこが焦げた。ような気がした。



始まらないでロマンス

(title by 21gの世界 / 数年前にいつこちゃんに捧げた柳盛り合わせより抜粋)