「言わんこっちゃないですわ」


財前はベッドに横たわる私を見て、開口一番、そんな憎まれ口を叩きながら、はぁ、と私に聞こえるようにわざと大きく音を立てて溜息を吐いた。私は返す言葉もなく、気まずさを誤魔化すように、ベッドの掛け布団を自分の顔付近までずり上げる。 「じゃあ財前くん、私ちょっと会議で席外すから、さんのことよろしくね」と保健室の先生に背後から声をかけられ、 「あ、ハイ。お疲れ様です」なんて返してぺこりと軽く頭を下げて一礼してから、彼は再び私の方へと向き直った。 あああ、やっぱり呆れかえった表情。


「せやからおとなしくしとけ言うたやないですか。熱あるくせに何ちゃっかり体育まで参加しとるんすか」
「いやだって、思ったより身体動きそうだったし、いけるかなーって……はは」


努めて明るくふざけたような口調で言ったつもりだったけど、近くに立って私を見下ろしている財前の顔つきがどんどん険しいものになっていく様子を見て、つい語尾がだんだんと小さくなっていく。 険しい、っていうか、不機嫌っていうか、……確実に怒ってる、っていうか。


「ええ加減にせんとその口塞ぎますよ」
「  !!! (こっわ!!) 」


案の定彼の台詞には苛立ちが含まれていて、彼の本気の目に私は思わず口を噤んだ。財前はやるといったらほんとにやりかねない。 …だって、ほんとに大丈夫だと思ったんだもの。そんな言い訳は言葉にはせずに喉元で飲み込む。黙ってしょんぼりしている私を見て、 ふぅ、と財前はまたひとつ溜息をついた。 俯いたままでいると、ギシッという音と共に足の方の布団が微かに動いた感触がして、思わずそちらを見やると、財前が私が横たわるベッドの足元付近に腕を組んで突っ伏すようにして床にしゃがみ込んでいるところだった。


「  ……財前ー…?」
「 ……ほんま、」
「  え?」
「 ほんま…、……謙也さんからが倒れた―て知らされるこっちの身にもなってください」


組んだ腕に顔を沈みこませて伏せながら、ぼそぼそと独り言のような掠れた小さい声。彼の今の体勢ではどんな表情してるのか窺い知ることは出来ないけど、その様子から、声から、私のことを心底心配してくれたんだということは痛いくらいよく分かる。 その気持ちが嬉しくて、 そしてそんな財前が可愛くて、思わず口元が緩んだ。 とその直後に財前は伏していた顔を上げて、しゃがみ込んだ体勢のまま私の方を見上げた。その顔はいつもの小生意気な財前の表情に戻っている。


「……なに笑うとるんですか」
「 あれ、わたし笑ってた?」
「ええそりゃあもう気色悪いくらいニヤニヤと」


すっかりいつもの財前だ。確かにちょっとにやにやしちゃった自覚はあるけど、そんな気色悪いと言われるほどだっただろうか。照れ隠しもありつつ自分の手で口許をぐりぐり弄っていると、「……まぁ、思ったより元気そうなんで安心しましたけど」と言って彼は緩やかに立ち上がった。時計をちらりと確認するといつの間にか夕方になっていた。そうだそろそろ部活が始まる時間。


「帰り、家まで送りますわ。練習終わったら迎えに来るんで、待っとってください」
「いやいや、いいよそんな!もうちょっと寝てれば元気になるだろうし、一人で帰れるって、……」


私の主張が途中で中断してしまったのは、財前が露骨に眉間に皺を寄せたから。ちょっと寝てればすぐに元気になるだろうなんて、私の強がりであること、彼には見抜かれてしまっただろうか。そんな私の心境を知ってか知らずか、 財前は淡々とした口調のまま 「それ、却下っすわ」とバッサリ私の意見を切り捨てた。


「目ぇ離したら無茶しそうなんで、先輩」


そう付け加えて、 ふ、と呆れるような、それでいて柔らかい笑みを零す。 あぁもう 、 私は財前のこのカオに弱いんだってば 。  何も言い返せなくなって、 こくり、と素直に頷く私を見て、もう一度財前は笑って、そのすらりとした腕を伸ばし、私の頭をぽんぽん、とあやすように優しく撫ぜた。 くしゃ、と髪を撫でるその掌が思っていたよりも大きくて骨ばっていて、思わず心臓が跳ねる。どきどきどき、さっきからやたらと鼓動が五月蠅く聞こえるのは、風邪のせいか、それとも財前のせいなのか。


「なるべく早ぉ切り上げてくるんで、ちゃんとええこで寝とってくださいよ」


立場を逆転してまるで子供に言い聞かせるかのような台詞を言いながら、財前はニヤリと口角を上げる。財前の顔を見てれば風邪のウイルスなんて何処かに飛んでっちゃいそうだよ。私は心のなかでそっと呟いて、練習へと向かう財前の後ろ姿を見守る。いってらっしゃい。がんばれ、財前。私もがんばる。 先程の財前の言葉とか、仕草とか、掌のあたたかさとか、それらを反芻しながらお守りにして、私は静かに目を閉じた。



滲んで溶けたぬくもり

(110818 title by ミュシカ)