good bye

summer,

hello my

little lover.



つーんとする独特な匂いが鼻を掠める。なんとも形容しがたい感傷が全身に広がり、ぎゅっと胸の奥を締め付ける、この感覚を私は嫌いではない。噎せるほどの濃い煙も、闇のなかで主張するように弾ける眩い光彩も、みんなの楽しそうなはしゃいだ声も。 私は顔を上げて少し遠くにいるみんなのことを視界に入れる。

夏が終わってしまう前に花火やろうよ、そう提案したのは私。そんな私の申し出に真っ先に乗っかってくれたのは岳人とジロー。楽しそうだなって便乗してくれた宍戸や忍足。そうしてどんどんテニス部レギュラー陣が集まってきて、最終的には、何をそんな子供みたいなことを、なんてぶつくさ言ってた日吉まで結局参加することになって、今となっては岳人に花火を向けられムキになって応戦している。(良い子は真似しちゃいけないよ、なんてね。)なんて微笑ましい光景だろう。私はこっそり頬を緩める。そしてちょっとだけ、寂しくなる。

こうして終わりに近づいてしまうんだろうな、と思う。BGMが蝉の声から鈴虫の声に移り変わり、少し寂しくなってきた夜。少し蒸した濃厚な夏の匂いが、だんだんと薄れていくのを感じながら、その去りゆく季節に想いを馳せ、私はどうしようもなく切なくなってしまうのだ。ばちばちと手の下で明るく光る花火も、やがてはその光を落とし、散ってしまう。儚いな、と思う。儚いからこそ美しいのだと、そう言ったのは誰だっけ。

先程から何ともセンチメンタルな気分だ。楽しいのには違いないのに。私は既に光を失ってしまった線香花火を片付ながら、はぁ、と俯き気味に小さく溜息をつく。すると、じゃり、と私のではない砂を踏む音がすぐ近くに聞こえた。頭上で人の気配がして私は反射的に顔を上げる。


「あいつらに混ざらなくていいのか」
「 跡部、」


あいつら、と言いながら跡部は自分の顎でくいっと楽しくはしゃいでるみんなの方を示す。視線を移すと、彼らは未だ攻防戦を繰り広げていた。今度はネズミ花火まで登場して、わいわい派手に楽しんでいる。私は新しい線香花火を袋から取り出しながら、ゆるゆると頭を振った。


「分かってないねぇ跡部、線香花火は少し静かなところでやるのがいいんだよ」
「ふ  そうかよ」


ほら、と手に持った線香花火を跡部によく見えるよう少し持ち上げて掲げれば、そんな私を見て彼は空気を緩めて笑った。その笑顔が、馬鹿にするでもなく、流すでもなく、優しい穏やかな雰囲気を纏っていて、私はなんだか気恥ずかしくなる。まともに跡部の顔が見れなくて、私は少し俯いてわざと視線を外した。最近の跡部はよくこういう表情をする。勘違いしそうになるから出来ればやめてほしい。…心臓にも悪いし。

なんとなく気恥ずかしくて、手に持っている花火を弄りながら、なんで跡部は私のところに来てくれたんだろうとぼんやり考えてみる。あの賑やかなみんなの攻防から逃げてきたってのもあるかもしれない。もしかしたら私のことを少し心配で声をかけてくれたのかもしれない。もしそうだったらイイ奴だなぁなんて思いながら、私はちらりと跡部を盗み見る。そういえばさっきから跡部が花火やってる姿をあんまり見ていない、気がする。現に今も手には何も持たず突っ立ったままだ。


「跡部はやらないの?」
「俺はおまえがやってるのを見てる」
「ふーん?見てるより自分でやる方が楽しいのに」


私は疑問に思いつつもライターで線香花火に火をつける。チチチ、小さく弾け始めたそれは、だんだんと大きく広がっていく。その光源を落とすまいと、なるべく振動を与えないように手に持った花火に意識を集中させようとしたとき、頭上で跡部が ふ、と微笑んだ。そのまま先程の私を真似て得意げに紡がれる 「分かってねぇな、」 という言葉に、私は花火を握った手はそのままに、顔だけ跡部の方に向ける。すると目が合った跡部は、こちらを見たまま、ニヤリと口端を上げた。


「楽しそうに花火をやってるおまえを見てるのがいいんだよ」


正面から視線がぶつかったまま、そうはっきりと告げられ、どう反応していいか分からず口をぱくぱくさせたまま言葉を捜していると、ぼと、と音を立てて手元の線香花火の火種が地面に落ちた。反射的に「 あ、 」と間抜け声を出してしまったのと同時に、唯一の光源を失い、辺りは途端に闇に包まれる。花火を持つ手元が大きくぶれたのだ。このタイミングで火種を落とすなんて、跡部の一言に動揺したのが丸分かりじゃないか…!


「おっと、残念だったな」


そんな私の心情を見透かしてか、楽しそうに喉の奥を鳴らしながら、跡部は私と目線の高さを合わせるように私の正面にしゃがみこんだ。何が「残念だったな」よ、この確信犯め!憎たらしくてむかつくけども、跡部の顔なんてまともに見れる筈もなく、俯いた状態から顔が上げれない。暗くて良かった。たぶん私、顔真っ赤だ。

俯いたままでいると、ふと跡部のすらりとした腕が伸びてきて、宙に揺れる私の髪に優しく触れた。する、と指の間を滑らすようにして梳きながら、「何にそんな感傷的になってるか知らねぇが、」と彼は口を開く。そんなことまで見抜かれているのかと驚いて反射的に顔を上げれば、こちらをまっすぐに射抜く跡部の穏やかな瞳が目の前にあった。髪を触れられてるせいか、暗闇のせいか、いつもより跡部の声がやけに響く。


「夏が過ぎれば秋が来る。また来年もあるんだ。……べつに終わったりしねぇよ。何もな。」


唐突に核心に触れられ、思わず泣きそうになる。涙を堪えて奥歯を噛むと、私の目を覗き込んだまま跡部は優しく微笑み、髪を触れていた掌を移動させ、ぽんぽん、とあやすように私の頭を撫でた。


「……なんなの、やっぱり跡部はエスパーなの」
「バーカ。おまえのことなら見てりゃ分かる」


笑いながら跡部は立ち上がった。その様子を見上げていると、不意に掌が差し出される。何事かとその手を茫然と眺めていたら、ふぅ、と溜息を付かれ、無理やり手を掴まれた。そしてそのままぐいっと引っ張られ、跡部と同じように私も立ち上がることになる。それと時を同じくして、遠くから「おーい、跡部ー!ー!」と声をかけられ、その方向に振り返ると、岳人たちがぶんぶんとこちらに向かって手を振っていた。「そろそろ打ち上げ花火やるからこっち来いよー!」と手招きされ、跡部の方をちらりと見やると、行くぞとでも言うように彼は口の端を上げて、ゆっくりと歩き出す。私も歩調を彼に合わせて隣りに並んだ。


「 跡部、」
「ん?」
「……ありがと。いろいろ」
「どーいたしまして」


俯き気味に目を伏せて、彼は穏やかに微笑んだ。その笑顔を見て、何とも言えないくすぐったさを感じながら、みんなのもとへ合流しようと歩調を速めようとしたそのとき、「」と背後から跡部に呼び止められた。


「んー?」
「気付いてねぇみたいだから一応言っておくが、俺は誰にでもこういうことする訳じゃねぇよ」
「  え、?」
「他の誰でもない、おまえだからだ。……意味、分かるな?」


ま、分からなくても、時機に教えてやるさ。そう付け足して、彼は茫然と立ち尽くしたままの私を追い抜かして、そしてそのときに私の頭を再びポン、と撫で、何事も無かったようにみんなのもとへ合流していった。取り残された私は、みんなと楽しそうに談笑している跡部を遠くから眺めながら、彼の掌の感触とか、言葉とかを、ひたすら脳内で繰り返して再生することしか出来ない。

泣きたくなるような、胸が締め付けられるような、それでいて満たされているような、この感情をなんて呼ぼう。夏は過ぎゆく。だけどこの季節を、私は今度こそ好きになれる気がした。だってまだ何も終わってなんかいないから。はじまりの予感を胸に、私はまた歩き出す。 さようなら夏。 ――そしてはじめまして、恋。
(111013 title by ミュシカ)