このまーま、どこかとぉーく、つれてーって、くれないーかー。調子外れに、だけど心底楽しそうにちゃんが俺の背中の向こうで歌ってる。このタイミングでその選曲とは、まったくニクいセンスしてるなぁ。そう思いながらも、後ろに座ってるちゃんからは俺の顔は見えないこの二人乗りの体勢にこっそり安堵した。俺だって出来ることならこのまま君を連れ去ってしまいたい。例えば俺がもう少しオトナで、例えばこれが自転車じゃなくて自動車だったら、君をもっとどこまででも連れて行けたのに、と歯痒さがじわりと胸に広がった。だって自転車の緩やかなこのスピードじゃ、その気になれば君は今すぐにでもこの乗り物を降りることができてしまう。それが少しこわいだなんて言ったら、君はどんな表情をするだろう。

どうにもこうにも感傷的な気分な俺を他所に、ちゃんは相変わらず楽しそうに歌ってる。ちゃんの声を聞いてると安心するから不思議だ、なんて思ってつい声を漏らして笑えば、「なに笑ってんのさー」と少し不満げな声が背中越しに届く。どうやらちゃんは音程が完璧ではない自分の歌声が笑われたのかと勘違いしてるらしく、抗議の意味を込めて、俺の腰に回してる腕をそのままに俺の腹をつまんだ。


「ちょ、ちゃん、腹はやめて腹は」
「………つまむ肉が全然無い…テニス男子め……」
「あははは」


悔しそうに絞り出すちゃんの声が可笑しくて愛おしくて声を出して笑えば、つられたようにちゃんも、ふふ、っと肩をすくめて笑った。その笑顔をちらりと横目で確認しながら、俺はまた進行方向を見つめてペダルを漕ぎ続ける。具体的な目的地がある訳じゃない、だけど君を乗せてどこまで行けるか試してみたかった。知らない景色が流れ始めても足を止めたくはなかった。止めたら何かが終わってしまう気がして。

そんな当ての無い小さな冒険を続けて、すれ違う人や車が少なくなってきた田舎道までさしかかったところで、気がつけば目の前には急勾配の坂が広がっていた。ここで引いたら男が廃る、と俺は静かに息を吸って、ペダルを漕ぐ足に力を入れる。「大丈夫?清純、降りようか」「だい、じょー、ぶ、」息切れしながらの返答にはあまり説得力が無かったけど、これでも俺だってそこそこ実力のあるテニス部員だ。ちゃんを後ろに乗せたまま、息を吐きながら立ち漕ぎでなんとか少しずつ登っていれば、後ろに乗っていたちゃんが突然、ふふ、と楽しそうに笑った。


「 な、なに ?」
「『耳をすませば』を思い出すなぁと思ってさ」
「…あぁ、二人乗りで坂道、登るシーン、あったね」
「“お荷物だけなんてやだ!”」
「  え?」
「私も、そう思う」


そう言ってちゃんはぴょん、っと自転車の後ろから降りて、立ち漕ぎする俺をサポートするように後ろから押し始めた。その様子を振り返って呆然と見てた俺に、ちゃんは、ね?と言って顔を上げてニカッと微笑む。その笑顔を見て俺は何も言えなくなってしまって、ありがと、と言って、再び前を見てペダルを漕ぐのを再開した。サポートが増えたことで先程よりもスムーズに自転車は少しずつ登っていく。

――知ってるよ。俺は心の中でだけそっと呟く。耳をすませばのせーじくんはこのあとしずくちゃんに“結婚しよう”って言うんだ。彼らは離れ離れになってしまう旅立ちの前にこうやって二人で坂を登った。あのときのせーじくんの気持ち、俺はちょっぴり分かる気がする。

立ち漕ぎの俺と後ろから押してサポートしてくれてたちゃんとの二人体制のおかげでしばらくすると坂の頂上が見えて来た。坂を越えた先には登ったぶんの下りが待っていて、ちゃんが再び後ろに乗るのを確認してから俺はまた進み始める。先程までとは打って変わってどんどんと加速し続けていくスピードに、すごーい!速い!!と後ろから楽しそうなはしゃいだ声があがる。自分の腰に巻かれたちゃんの細い腕を、より自分に密着するように引っ張れば、ちゃんは一瞬だけ驚いたあと、先程までより強く、ぎゅ、と俺の背中に改めてしがみついた。その柔らかい感触に、体温に、沸き上がる雑念をなんとか振り払いながら、加速度のついた自転車の操縦になんとか集中する。


「清純、今ちょっとやらしいこと考えたでしょ」
「んー?んんー、どうでしょう」
「……清純は、聖司くんとは似ても似つかないよねぇ」
「んん?それって褒めてる?けなしてる?」
「ふふ。さぁ、どっちでしょー」


カントリーロード、このみーちー、ずぅとー、ゆけばー。楽しそうに歌う君の声が、青空に溶けていく。このままどこかに連れ去ってしまえればいいのに、そんなことを思いながら、春の匂いを帯びた風を切る。明日はもう、卒業式。 彼女の未来も、変化も、いつか現れるかもしれない他の男も。俺以外の何者も、どうか君をどこかに連れ去って行ってしまわないで。
(140331 リクエスト企画より雰囲気ふわふわな千石清純)